シエラネバダ(クリスティ・プイユ/ルーマニア/2016) だって笑っちゃうんだもの

始まりましたね第29回東京国際映画祭。開催前のチケット発売でのすったもんだもあり(そもそもスケジュール発表が興行開始1か月前、チケット発売2週間前というのも、めちゃくちゃじゃないかい?)なんだかテンションが下がっていたのですが、映画には罪がない。ということで4本のチケットを確保しました。ここであんまり文句を言ってもあれなのですけど、子どもの遊びじゃない国際映画祭なんだからちゃんとしようぜ。宣伝用の動画がダサい(映画祭なのに…)こともすげ~ひっかかってるよ。

 

気を取り直して記念すべきTIFF1本目はシエラネバダ

161027六本木EXシアターにて鑑賞。公式サイトと大まかなあらすじはこちら。

2016.tiff-jp.net

率直に言って、めちゃくちゃ面白かった。カンヌ出品時もずいぶん評判が良かったので今回マストな1本と思っていたのですが、評判にたがわぬ面白さでした。10月30日にも上映があるので、慌てて感想を書きました。日本公開あるのかなあ怪しい気がするのでこの機会にぜひ。チケットいっぱいあるみたいだから観に行ってみてね。予定が合えば私はもう一度観たいと思ってます。

 

ルーマニア映画です。映画を見る前にルーマニア近現代史を知っているときっともっと理解が進むんでしょうが、もちろん私にそんな豊富な知識はありませんでした。でも、チャウシェスクが政治家の名前で、ルーマニアチャウシェスク政権下から民主化した旧共産圏の国ってことがわかっていれば物語の理解にさほど支障はないと思います。ユーゴ内戦後の東欧情勢と9.11周辺の話題もニュース程度に知っていたらきっと大丈夫なのかな。私もところどころ固有名詞がわからなくてうん?ってなるところあったけれども、テーマとしてはむしろうん?てなってもいいような作りなのかなと思います。言い訳か。

まず、最初のカットから路肩駐車で人が行きかうのもままならない路地、前に進むのも後ろに下がるのもままならないごちゃごちゃのどんづまりのなかを喧嘩しながら右往左往する家族の遠景長回しで、速攻苦手な人は振り落とされるだろうなというもったりとしたタイム感と重苦しさで映画が始まります。

でも、しばらく観ているとこのもったり感、劇的なことが何も起こらないままの右往左往が映画を通しての重要なリズムということがわかります。駐車だらけの狭い道は後半にも登場します。それと同じような役割を果たしているのが、葬式会場である、やたらと部屋数は多いのに廊下は人がすれ違うのも手狭なギュウギュウのアパートメントです。ほんと狭いし暗いし人はウロウロするし、もたもたしてるし、全体像は見えなくてせせこましいんだから。この舞台設定がすごくスマートに登場人物たちの状況を提示していて、手際の良さに唸る。1カット目で彼らが陥っている閉塞感とか生活にのしかかる重苦しさが言葉もなしにひしひしと伝わってくる。

で、やりたいことは神父を招いて葬式を済ませてご飯を食べるだけなのに、神父は遅刻するし、姪っ子はつぶれちゃったヤク中?の友達連れてくるし、元共産党員の叔母さん①と信心深い娘①は世代間の政治宗教主義主張の差で小競り合いするし、叔母さん②の旦那(不倫しまくってもめてる)は乗り込んでくるし、甥っ子はアメリカ政府の陰謀論に夢中だし、弟は軍人の立場から主人公の冷笑的なスタンスはどうなんだと釘さしてくるし、数学教師の兄弟(兄弟じゃないのか?ちょっと血縁関係がどうなってるのかわからなかった)は控えめで所在なさげで気を遣うし、スーツの寸法は間違ってるし、子どもは泣くし、嫁は買い物に行っちゃって帰ってこないし、おなかは減るし、ご飯は全然食べられないし…という話です。ほんとにそれ以上でもそれ以下でもない。かかえる問題は深刻で悲惨だけど何の劇的な演出もなく、コメディらしい演技というのもなく、淡々とうまくいかない家族たちの小競り合いが続きます。

この映画は間違いなく喜劇で何回か私も声をあげて爆笑してしまったんだけど、その笑いは滑稽と悲しみとどん詰まりの辛さと寂しさとどうしようもなく肩を寄せ合って許しあう人々の温度と、その全部がまじりあっていて、決して定型化された笑いではない。喜怒哀楽の感情の境界線は滲んでいて、まるで私が生きている生活でやってくるように怒りが沸いて、同時に哀しくなり、罵りあっているうちに思わず笑ってしまう、そういう笑いです。

たとえば家族にだけ、恋人とだけ、仲のいい友達といるときにだけ思わず起こってしまう笑いや怒りがあって、その笑いに含まれる喜びやおかしみや許し、怒りに含まれる甘えや衝動やままならなさ、断ち切れなさを、シエラネバダという作品は丁寧に描き出します。一切の手順を省略することなく、とにかく丁寧に、一つずつ一人ずつ感情の輪郭を描き出して、最後のシーンその手順が結実して生まれた家族たちのこらえきれない笑いは、複雑で、体温があり、手触りのある、人の生そのものだった。

最初に東欧情勢の背景を知っていれば、と書いたんですけど、多分この笑いは普遍的なもので、どこの国でもこういう感じってあるんだな、という気持ちがした。すごくいい映画でした。映画っていいものだなって思った。ラストシーンは本当に最高だったんだから。

わたしは主人公と軍人の弟と陰謀論に捉われた弟とのやりとりがすごくうまいなあと思った。俳優陣の演技も本当に素晴らしかったです。