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近況と7月6日~7月15日までにみた3本(レジェンド 狂気の美学、ウォークラフト、クリーピー偽りの隣人)

映画感想

前回の更新から2週間以上たってしまって、忙しかったのかというとそうでもなくそこそこのらくらしていて、映画を3本見たので短めの感想を書きます。the忘備録。

 

なぜ1本ずつ独立した記事を書かないかというと、1本はあんまり面白くなくて面白くない理由も面白くないから、1本はけして悪い映画ではないけど私には理解の及ばない映画だったから(そして少しうたた寝したから)、そして最後の1本はすごい衝撃を受けたんだけど映画偏差値高すぎて今の私ではちゃんとした感想がかけそうにないから、もうちょっと勉強したあとに改めて見て感想を書きたい映画だったからです。

そのほかに、なぜか嵐のTHE DIGITALIANのDVDをいまさら見て(2014のtopicsだけどはやりものについていけない質なのよ)衝撃を受けていたという事情もある。痺れるからジャニーズ的男子に興味なかった人(私のことです)も見たらいいと思うよ。これについては少し記事書こうかなと思ったけれども、なんかもうアイドル論は十分興味深いことを語ってる人がいるから割愛します。ちなみに嵐のアルバムは今のところLOVEが好きです。推しメンは大野くんと櫻井くんです。

ついでにこんなライトな感じでサッカーのこと(特に高円宮プレミアリーグイースト、特に特に市船観戦記)も書きたいんですけど、映像がないから見返すこともできないしすぐ忘れちゃうというのが育成年代サッカー観戦記の難しいところです。あんまり適当なこと書いても申し訳ないしな…ただ、7月末からインターハイを広島に見に行くので、せっかくだからその感想というか観戦記でもかけたらなあとうっすら思ってます。誰が読むんだろう。

 

というわけで以下、映画3本の軽い感想。

レジェンド 狂気の美学ブライアン・ヘルゲランド/イギリス/2015)

恵比寿ガーデンシネマにて鑑賞。公式はこちら。

www.legend-movie.net

私は見に行く映画を選ぶときには、まずは監督、そして題材、最後にロッテントマトを少しだけ参考にして、そのうえで好きな映画ブログさんをチラ見してから見る映画を決定しています。しかし、もちろん例外もあり、前評判の是非にかかわらず必ず見に行く映画もあります。それはマシュー・マコノヒートム・ハーディが出ている映画です(窪田正孝が出ている映画も全部見ようと心に決めていたんだけどさすがに心が折れた)。

というわけでトム・ハーディが主演なので見に行ったんだけど、この映画は…あまり面白くなかったですね。題材は実話ベースで60年代イングランドイーストエンド、マフィア、双子の兄弟、兄は優秀で美しく、弟は精神疾患もちの同性愛者、その間に兄の恋人、そして恋人視点の語りと、もうこれ面白くならないの難しくないかという単語がてんこ盛りなんですけど、この題材でよくこんなにぼやっとした映画にできたなという…(ごめんね。でもぼんやりしてたよ。)なんでダメになっちゃったんだろうと考えてたんですが、よくわかりませんでした。監督が映画撮るのあんまり得意じゃなかったのかなって思った。ひどい感想だな。絵にも色気がないし、物語も散漫で、クレイ兄弟の何をストーリーの真ん中に置きたいのかよくわからない映画だった。

しかしハーディはすごく良かったです。ハーディはいつも花丸満点だね~~(ハーディガチ恋勢)。双子が両方ハーディが演じてるんだけどノイズはまったくなかったです。双子だけどちゃんと別人でした。本当に上手だね~~~。あと、弟の恋人はタロン・エガートンくんじゃない、眉毛なし男子の方がかわいかったです。

しかし、とにかくハーディの鼻梁がとっても美しくて、私の心はまあまあ満足しました。1000円の日だったからね。

ウォークラフトダンカン・ジョーンズ/アメリカ/2016)

TOHOシネマズ新宿にて鑑賞。公式はこちら。

warcraft-movie.jp

これはまったく射程範囲外だったんですが、原作ゲームが大好きな友人に連れられて見に行きました。で、映画としては本当に全然悪くなかったというかむしろ脳筋ハイファンタジー映画としてはかなり良かったんじゃないかと思われたんですけど、いかんせん私に世界の基本知識がないものだから、美味しいところがわからなさ過ぎて困惑して途中で猛烈な眠気に襲われた映画でした。

友達が批評家の言葉を引用していてまさにそれ、っていう感じだったんですが「招待されてないパーティ」。それそれ。うまいこという。パーティ自体のクオリティは高くてすごく楽しめると思うよ。招待されてたら。

ダンカン・ジョーンズ監督は『月に囚われた男』をみていて、こちらもよくできたSF映画だと思うんですが、この監督のよいところは余計なことは説明しないところだと思います。『ウォー・クラフト』も本当に気持ちいいくらいに何の状況説明もなく淡々と目の前で起こることが進んでいって、着地点もなんの言い訳もなくその起こった事実の通りに着地して、映画としてなぜどういう意図をもってそこに着地したのだ…っていう解釈が入る余地もなしなんですが(でも映画を見ていればその場で起こったこととキャラクタ性からまあそう着地するよね…という納得はちゃんとできる)、それがすごく世界を広く見せるんだよな。『月に囚われた男』も基本的には余計なことは一切語らないことで世界を広く見せてる映画だと思います。何を語るかより、何を語らないかが大事で、それが映画をスマートに見せることもあるんだなとしみじみしました。

あと、魔法使いが魔法使うときに手に魔法陣が出るエフェクトがかっこいいです。わたしもやりたい。ファンの人が読んだら怒られそうな感想だな。小さいスクリーンだったけど、多分興行収入はそう悪くないんじゃないだろうか。ファンボーイたちで席はいっぱい埋まっていた。

 

クリーピー 偽りの隣人(黒沢清/日本/2016)

ユナイテッドシネマ豊洲にて鑑賞。公式はこちら。

creepy.asmik-ace.co.jp

一番感想を書くのに困っているのがこの映画でした。黒沢清監督はもちろん以前から存じ上げてて、マストで見なきゃいけないと思いつつ、あまりの映画偏差値の高そうさに腰が引けていままで見るのを避けていましたごめんなさい。あと怖い映画があんまり得意じゃないんですよね…でも感想とか評価みるだに黒沢さんの映画絶対めっちゃ怖いじゃん。腰が引けてましたが意を決して見に行きました。いったんですけど感想…感想が

めっちゃ映画撮るの上手だね。

という言葉以外出てこなかったです。なんかさ~~~上手すぎて私がここが上手ですっていうの馬鹿みたいだからなにも言えないんだよ~~。私は観客様なんだから何言ったっていいはずなのに。何かを言うことに引け目を感じるくらいめっちゃ映画撮るのうまいんだもん。

とにかく意図のないシーンが全然なくて、テーマがあって、それに対する脚本があって、絵コンテがあって、その絵を撮るための舞台(セット、ロケーション)があって、舞台上を動く役者がいて、その上にエンターテイメントとしての推進力が乗ってて、そうした映画の設計図がもうめちゃくちゃ最初からしっかりしてるんだろうなと想像するしかないです。だからテーマに対して、観客に対して、一つもなんとなくなシーンがないんだと思う。あまりによく出来すぎてることがノイズになってしまうくらい。序盤は構図と視線誘導の見事さに感心しすぎて話にうまく入っていけなかったです。本末転倒。

特に構図がすごいな~~~って本当に感嘆しちゃうんですけど、空間にレイヤーが何枚もあって、画面の奥に向かって仕切りがたくさん置かれてるのね。それで死角がすごく上手に作られていて、あとは風に揺れるカーテン。動いてるものと動かないものの配置もその動くスピードも完璧なの。特に寄ったカメラがスーと後ろにゆっくり引いていくカットがめちゃくちゃ怖い…。あと光と影のバランスも。西野家玄関右手のドアのないむき出しの入り口が凶悪すぎ。ちらっとしかフレームに入ってこないのが余計に怖いんだよ~。

そうした「死角」は視覚的な部分だけにあるわけではなく、人物造形にも「死角」がある。つまり、登場人物はちゃんとカメラ(観客の視点)との間にディスコミュニケーションがあって、みんな秘密を持ってるんですね。私たちは彼らの身体から表出された動きからしか彼らを知ることができない。どういう意図があってその動きをしているのか推察するしかない。その「死角」が不安と恐怖と違和感を煽るんだなあ。その点、野上(東出昌大)のキャラクタ造形が、東出くんの演技も含めて特に素晴らしかったように思います。結局!お前は!なんだったんだよ!!!

そして、もひとつ衝撃だったのが、大変アグレッシブな演出…。例えば、早紀(川口春奈)が高倉(西島秀俊)の研究室で過去の事件についてインタビューに応じるシーン。話し始めると照明がスッと落ちるんですよね。室内が暗くなって、明るいガラス窓の外と中では違う世界になったのだって表現だと思うんですが、そこまで映画を見ている私は映画の中の「リアル」は私がいま生きている「客観的な」現実に沿っていると思い込んでいたので、その演出に声が出るほどびっくりしました。つまり、私たちの「客観的な」現実の世界で話が始まったら照明が落ちるなんてことはありえないじゃないですか。でも「主観的な」現実世界(より概念的世界って感じ…伝わりますか……)ではあの感覚はありえるかもしれない。その「主観的な」現実に即した演出が「客観的な現実」より優先される演出にたまげたのでした。めちゃくちゃ大胆やんけ…

でもさ、よくよく考えてみると最初から変なんだよ。あんな明るい取調室とかさ、がばがばの警察署表現とかさ、靴箱みたいなとこに超軽率に入ってる拳銃とか、注射する薬なんなんだよとか、あとキャラクタたちの日常の動きや会話も。なんかコンテンポラリーダンスみたいですよね。私は当然自分が把握している「リアル」に沿ってると思い込んで映画を見ていたので、件の照明のシーンが来るまで気が付かなかったんだな。

映画のリアリズムについては監督がインタビューですごくかみ砕いて説明してくれているのでこちらをどうぞ。

realsound.jp

で、なぜそういう演出がされるのかってことなんですけど、つまりこの物語が「概念的な」世界について語る映画で、序盤で描かれる日常のリアルが作り物めいてるし偽物なんじゃないかって前提を布石として置いてるってことなのかな。 

多分…そう。たぶん。そういうことなんだと思うんですけど。偽物のリアルが剥がれ落ちることでようやく立ち上がる世界が黒沢監督の映画のテーマの真ん中であるのだろうと思うし、キャラクタ達は世界と世界の狭間で軋んで悲鳴を上げるのだろうし、立ち上がった世界はクリーピーでいうなら、高倉に康子(竹内結子)がわけわかんない怖いクッキー食べさせる恍惚なんだろうなと思います。

しかし、この解釈については、私が映画の文脈を十全に理解しているとは思えない(そ~いうふうに思わせるのが映画偏差値の高さなんだよぉ…)ので、私は黒沢清監督作をちゃんと全部見て、あとクリーピーをもう一度見て、文脈をしっかり把握する必要があると感じています。なのでこの感想は暫定的な結論とさせてください。誰に言い訳してるんだ。

この映画シネコンでも上映されてていわゆるエンタメ作でもあると思うんですが、普通の(普通ってなんだよ)映画を見慣れている人ほど面食らうし違和感を感じるだろうし、その違和感の意図を文脈とかメタファーとして汲み取れないと「ぼんやりしたチープなご都合主義映画」という評価に落ち着いちゃうんだろうなとも思いました。その壁って乗り越えられるのかな…つまり本物のままブレイクスルーできるのかって話ですけど…う~~ん。今後にますます期待したい。

 

役者の皆様方はみんな素晴らしかったんだけど、私が特に感心したのは東出くんの成長でした。得体のしれない奥行きがあって、作中ではもっとも気味の悪いクリーピーな存在だったように思う。秘密を抱えた彼が、空洞なのか詰まっているのか詰まっているなら何が詰まってるのか、ぞわぞわする存在でした。よく考えると『桐島部活やめるってよ』でもそうだったな…しかし『桐島』でみたときは、立ってるだけでもう圧倒的にすごいビューティフルピープルが出てきたぞっでも芝居はうまくねえな…って思ったんですが、しばらく見ないうちにずいぶんといい佇まいの俳優になっていた。

あと、藤野涼子ちゃんね!ソロモンの偽証で見た時にも仰天したんだけど、彼女は~~~このままいけば将来ものすごくなりそうだよな~~~~!!香川さんの芝居を受けるのは相当大変だったと思われるんですが、まあ吹き飛ばされつつも見事に食いしばって立ち上がることよ。美しいおでこと顰める眉。成長がすごく楽しみな女優さんです。

 

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結局すごく長くなってしまったな…クリーピーは記事分けてもよかった気がしましたがもう書いちゃったので仕方ないですね。黒沢清監督作品ちゃんとみようと思います。ダゲレオタイプの女もとても楽しみ。