ボーダーライン(ドゥニ・ヴィルヌーヴ/2015/アメリカ) 僕の約束を守って

20160525 角川シネマ新宿にて

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border-line.jp

 

最もおそろしい死ってなにかな、と考える。

病気で苦しんで死ぬ、交通事故で死ぬ、首をくくって死ぬ、レイプされて遺棄されて死ぬ、戦争で死ぬ、飢えて死ぬ、刺されて死ぬ、銃で打たれて死ぬ、殴られて死ぬ、手足を切られて死ぬ、ドラム缶にコンクリート詰めにされて死ぬ、家族を目の前で殺された末、死ぬ。

私はとにかく残虐で、非人道的で、尊厳をはく奪された死に方をしたくはない、できることなら私の家族にも尊厳を保ったまま死んでほしい。死はいずれ必ず訪れるけれど、できるだけ穏やかにその時が来てほしい。

 

そこで私たちは「約束」する。「私はあなたを殺さないので、あなたも私を殺さないでください。」

生命を尊び、法にのっとり、罪を犯した者は罰せられ、安全に朝起きて、食事をし、道を歩き、仕事をして、夜には家族と眠る生活が守られるよう、お互いを尊重しあうと約束して社会を形成する。

しかし現実はどうだろう。約束の恩恵が平等に与えられることはない。愛する者が安全で豊かに生きる暮らしを望むなら、「どちらが最初に約束を破るか」を競うことになる。「約束」は守られることなく、倫理は破綻し、社会は荒廃する。

 

法にのっとり尊厳が保たれた社会を維持するための暴力の行使者であるケイト(エミリー・ブラント)が、荒廃した世界で立つ地面を失い暴力そのものになってしまったアレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)にいったい何が言えるだろうか。あなたもわたしも望んだものは同じなのに。

アレハンドロはケイトに、暴力を放棄してボーダーラインの向こうに戻れと諭す。アレハンドロは向こう側には行けない。ボーダーラインの内側に生まれた人だから。

ベニチオ・デル・トロの顔ってすごく奥行きがありますよな~。見るたびに役者としてすごく恵まれた容貌だと思います。滲む悲哀…滲む分以外には全く外に漏れない悲哀。もしかして手をつなぐことができるんじゃないかと思わせるのに、手をつなごうとした瞬間に銃口を向けられるアンビバレンスが素晴らしい。

エミリー・ブラントは、成熟した女性であると同時に見せる永遠の少女の顔。つかれた潔癖の向こう側に、野原を無邪気に駆け回る少女が見える。かいまみえる少女性が清廉で、グロテスクさがないのは彼女のチャームですね。

R15で直接的な暴力表現はフレームの外側に、音と暴力を行使している本人を見せるだけっていうのがよかったです。余計に怖いよ。

あと、CIAと特殊部隊のトンネル突入シーンもすごくよかったです。真っ赤な萌える夕焼けから夜の暗闇へのグラデーション、その手前を横切る暗視スコープを装備した隊員たちの黒いシルエットは、思わずため息の出る美しさだった。撮影はコーエン兄弟作品でおなじみのロジャー・ディーキンスです。

余談ですが、ちょうどスタチャンでゼロ・ダーク・サーティみたばかりでつい比べてしまったんだけど、ゼロ・ダーク・サーティより良かったね…。とてもドキドキしたし、約束なき暴力の世界の不条理さ、不気味さ満点でした。わたしと同じ列に座っていた人がすごい驚き屋さんで、突然の銃撃のたびに椅子が揺れ…これが4DXか……

キャスリン・ビグローってあまり好きになれないんですが(ハートロッカーとゼロ・ダーク・サーティしかみてないけど)、ボーダーラインを見てその理由をうっすら考えました。つまり、そもそも約束を破ったのはお前なんじゃないのっていう視点が欠けてる気がするんだな。それはシビルウォーにおけるキャップに欠けてると感じる要素でもある(余談の余談)。

そんなんじゃアメリカの正義の話なんて誰も聞く気が起きないよ。と広島にやってくるオバマさんにいいたくなるのも致し方なかろうもん。