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追憶の森(ガス・ヴァン・サント/アメリカ/2015)

映画感想

20160512、ユナイテッドシネマ豊洲にて鑑賞。

公式サイトはこちら

tsuiokunomori.jp

マコノヒー案件として豊洲に赴く。ガス・ヴァン・サントはなんか気が合わなさそうだなという気がしていたのでじつは初見です…洗礼を浴びるの巻。

カンヌで酷評という報道をほぼ一年前に目にしていたので、戦々恐々としていましたが、なるほど…なるほどね。酷評されるのもわからぬでもないし、あまりカンヌと相性がよくなさそうな内容でしたw

ネタバレが映画の重要な部分を担っているので、以下ご覧になる方は回避推奨です。

 

 

まずは謙さんがガチ守護天使(比喩ではない)であるということがわかったところで、そういう映画だったのならもっとそういう感じで話をしてくれよ!という気持ちがわいてきたのが正直な感想です。

この映画のどーなのよ??となる主な部分は、展開が唐突だとかご都合主義過ぎ、などかと思います。話自体の展開はそんなにいうほどお粗末ではないし、日本国内の描写もそこまで陳腐じゃないんだけど、おそらくプロット?というか物語り方?に問題があって、ladder(皮肉ではないです)を上るための段が2,3個抜けているために、そのシーンがどのように意図されているものなのかがしっかり伝わらない。とくに導入部分…彼の動機自体がミステリの一部なのでそこが書けないのは仕方がないんだけど、もうすこし彼のパーソナリティがわかるようなカットがほしいですよね…どんなやつなのか全然わからないので心が話についていけなくなる。ほんのすこし丁寧に入れるだけでもいいと思うんですけど…

そしてもうひとつ、???となる部分に物語のレイヤーの浅さがある。つまり割と理由が陳腐に見えるってことなんですが。

「死者との対話」と「魂の救済」というテーマが陳腐だとは思わないです。そのテーマの設定に対する説得力のなさが、物語を陳腐にみせる。

たとえば、日本の富士山信仰、山岳信仰についてのレイヤーがもう一枚重なっていたらどうだろうか。なぜ死を求める人が集まり、なぜ死者との対話ができるのか。なぜそれが富士山麓の森なのか。

そして、その森に神性が宿っていれば(森を移すショットにフィルムのマジックを感じたなら)もっともっと深みのある映画になったのではないかと思う。テーマはレヴェナントにわりと近いんじゃないかと思うのですが、ルベツキの撮った森には神が宿っていたけど、この映画にはそれはなかったと思います。

あとちょっと気になったのは、中途半端にタクミ(謙さん)が自分のプロフィールを語るところで、それは…こうもうちょっと気の利いたやり方があったんじゃないかなと思いました。

というわけで、残念な部分もあった映画でしたが、マコノヒーが大好きな私としては、森の中で2人の男が死体と一緒に抱き合ったり語ったり眠ったりという充実した映画でもありました。眼鏡が素敵ね…。主演2人のペアはとっても素敵でした。

しばしば思うのですが、こういう日本を舞台にした映画を海外の人が撮るとき、その文化的背景を詳しい人に聞くという発想はないのだろうか?そんな余裕ないのかもしれないですけど。