ズートピア(リッチ・ムーア、バイロン・ハワード/アメリカ/2016) あなたと肩を並べたい

20160425、としまえんにて2D吹替で鑑賞。

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上戸彩ちゃんの声優よかったです!ジュディのキャラクタに声があってました。橋の下での再会はもう一声という感じでしたが…ニックの声優さんともさほど違和感なかった。マーベルの声優の方もちゃんと選んでくれたらいいのに…

すんごいクレバーな脚本で、とにかく見てくれ!見たらわかるって感じです。よく出来すぎていて語る言葉がない…

ズートピアは差別と偏見とボーダーレスについての映画だと思うんですが、わかりやすく楽しくスピード感も失わないまま、かつ深度をもって丁寧にボーダーレスについての議論を提供できるのがとにかくすごい。

私たちがズートピアの宣伝でジュディを見て可愛い〜って呟くことすら、先入観と偏見の一部であることを開始15分くらいで指摘されて、その切っ先の鋭さにいきなり刺される…ジュディはちょっとエロチックなデザインだなと思うんですが、それを見越したキャラクタデザインなんだと。誰にでも「先入観がある」ことをまずたたきつけられる。

そっからまたすごくて、ズートピアは社会的弱者が偏見をはねのけて頑張る物語からさらに一歩踏み込んで、社会的弱者というマジョリティが新たな社会的弱者を生み出す構図まできっちり示す。社会的弱者は社会情勢の中で迫害者にもなりうる、その危険性をいつも秘めてることをちゃんと提示するんですよね。日本の社会で議論されてる差別やらなんやらよりずっと先にある問題でっせ。秋元康の歌詞がどうタラでもめてるんだぞ?

 

この映画を見て育った子どもはどんな大人になるんだろう。大人が子どもたちにどんな未来を提示するのか、その責任感をひしひしと感じる内容だった。社会がぎくしゃくし始めたときに、ストップをかけて多様性と受容を促すのはポップスターだった(声はシャキーラ!)エンターテイメントを作っている側の気概を感じる。

「ありのままで」の歪さを揶揄するセリフが出てきてハッとする。アップデートを怠らないその姿勢、本当にすごいですよな。

 

個性を個人的な物語の枠では納めずに社会の問題としても描く。そしてその上で、是と非を示す。ズートピアで非として提示されるのは、猜疑心、臆病さ、自己保身、過ちを認めないこと、薬物、恐怖などです。犯罪や暴力は必ずしも悪に含まれない。子ども向けアニメだぞ。とがりすぎっ。

 

そして、そんなまじめななんやかやをすべてひっくるめた上で、ニックとジュディめーーーっちゃ萌えるバディなんですよね…なんなの??二人はズッ友なの??相棒なの??付き合うの??付き合わないの??本当は好きなんでしょ??えーーーてなる。ロマンスの配分もまことに絶妙…


なりたい私と変わらない私。あなたと私は生物学的に異なる生き物。生物学的要因で線を引くことで偏見が生まれる。じゃあただ生物学的要因を無視すればいい?それで偏見は乗り越えられる?本当にあなたに伝えたいことはなにか?あなたと肩を並べるにはどうしたらいい?

ということが、ニックとジュディの友情(愛情)を通して丁寧に描かれる。この映画を見た子どもたちはどんな夢を描くだろう。ウサギの私はぞうにはなれない。でも警察官にならなれるし、あなたの友達にもなれる。
ズートピアと並べて語られるべき映画は、ヘイトフル・エイトだと思います。一方は正義の地平線、一方は悪の地平線だけど、それは一本で繋がってるしその果てには同じものを見ている。あなたと私がただ一つの存在として同じ地面に立つ大地。


その他。アニメーションの一つ一つのしぐさやまるで生きているように生々しいのに、同時に型にのっとったコミカルさもある。先入観、偏見、型、様式美。でも型は精髄でもあるんだよね。そして型があるからこそ、そこから高く飛ぶこともできる。そんなことを考えました。

ネズミのマフィアのマフィア映画然とした結婚式シーンとファミリーっぷりに胸熱。アメリカの交通局は対応がナマケモノ並に遅いのであろう。最後のニックのお前、俺のこと好きなんだろ?は反則すぎだろ!!それに対するジュディの返しがハイハイど~かねなのもう…萌え死んじゃうからやめてくだされディズニー様。